
ギャラリーマキでは、9月16日(金)より 10月8日(土)まで、「和田勉 — アヴァンギャルドを求めて」展を開催いたします。
和田勉(1930-2011)は、元NHKのテレビドラマ演出家。日本のテレビドラマ史に残る数々の名作を世に送り出し、「芸術祭男」と呼ばれるなど、その演出手腕は今も高く評価されています。晩年には絵やコラージュに親しみ、ありとあらゆるイメージを貼りあわせたスクラップブックの制作にも没頭していました。
本展は、和田勉が残した絵やスクラップブック、書き込み台本、絵コンテ、書籍、写真などを展示するとともに、和田勉演出によるテレビドラマ作品を視聴するものです。また作品の視聴にあわせて、縁のあるゲストによるトークを催し、和田勉の仕事と人柄を振り返ります。さらに会期中にテレビドラマ評を募り、和田勉の今日的な意義を探り出します。
ご多用の折、まことに恐縮ではございますが、
本展をご高覧、ご高配いただけますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
◎展示会場パノラマ( thank you!!, Steve Jobs! 1955 – 2011.10.5, QuickTime! )
▼「展示会場パノラマ」は “Javaアプレット”を使用しています。ブラウザ設定でJavaを有効にしてください
・ マウスのポインタで画面内を、上下左右にゆっくりとドラッグしてみてください
・ 画面内を1度クリックすると、キーボードの矢印キーでコマ送りのように動かせます
◎ 日 時 2011年 9月 16日(金)〜10月 8日(土)
注:月、火、水、木、日は休廊となりますのでご注意ください
スペースの都合上、テレビドラマ視聴時の定員は各回20名迄/入場無料
福住廉 連続企画「今日の限界芸術論」vol.7
和田勉 ― アヴァンギャルドを求めて
彼のイメージは炎をもっており、その炎によって、ひとを焼くのである。
― 野間宏
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隅田川をまたぐ永代橋のたもとにあるギャラリーマキ。この小さな画廊を舞台に2005年より毎年一度催してきたこの連続企画展も、はや7回目を迎えました。
ここで発表してもらったのは、街中で『宇宙王子サンパクガン』というハリガミマンガを連載していたガンジ&ガラメにはじまり、ファッションの図案家から画家に転身した岩崎タクジ、大平陽介という文筆家の祖父が残した戦時中の日記を現代語に訳している尾角朋子、古着屋をやりつつイベントを催したり小説を書いたり美術館で作品やパフォーマンスを発表したり呑み屋のマスターをやったり、とにかくおもしろいことをいろいろやっている山下陽光、その山下が拠点とする高円寺界隈でカルト的な人気を誇る限界芸人じゃましマン、パンクバンド「切腹ピストルズ」として活躍する傍らチンピラ落語を楽しんでいる飯田裕之を筆頭とする鶴屋一門、銭湯絵師見習いの田中みずき、退職してからアートライターとして健筆をふるう菅原義之、社会思想家でDJの上野俊哉、主婦で「ものがたり文化の会」で活動している根本千絵など、文字どおり多士済々の顔ぶれ。いずれも金輪際「現代アート」のアーティストなどではありませんが、それでもそれぞれのやり方で同時代に向き合い、魅力的な表現活動に没頭している、いわば「限界芸術のアーティスト」でした。
この連続企画展でわたしがねらっているのは、まさにこの点にあります。つまり、キャッチーなキーワードのもとに凡百の「現代アート」を並べて新時代の到来を嘯くのではなく、「現代アート」の外部に限界芸術という豊かな土壌が拡がっていることを高らかに謳うこと。そうして外部の視線を鍛え上げることによって、内部をもう一度見直し、退屈な「現代アート」に風穴を開けること。あるいは、こうもいえるかもしれません。既存の芸術概念を改良するために、限界芸術というもうひとつの芸術概念を打ち出そうとしたのだと。
芸術という概念を作り変えるためには、2つの道のりがあります。ひとつは、その内側から徐々に解きほぐしてゆく道で、もうひとつは、その外側にオルタナティヴな芸術を勝手に作ってしまう道です。「21世紀の限界芸術論」展が後者に則っていることは言うまでもありません。前者の道のりを切り開くには、既存の美術史を素材とする必要がありますから、それは数々の美術品を所蔵している公立美術館が担う役割でしょう。助成金や協賛金などをあてにせず、自分たちがもつ知恵と材料を使って、別の芸術概念を練り上げるプロジェクトは、7年間の試行錯誤の末、わずかとはいえ、ある一定の成果を収めたと自負しています。
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さて今回紹介したいのは、和田勉です。みなさんご存知のとおり、元NHKのテレビドラマ演出家で、「芸術祭男」と呼ばれていたように、日本のテレビドラマを語るうえで決して欠かすことができない超重要人物です。後年には映画の監督のほか、「笑っていいとも」をはじめとするバラエティー番組への出演など、多方面で活躍しましたが、残念ながら、この初春にお亡くなりになりました。初期の代表作『日本の日蝕』(1959年)は日本のテレビドラマ史に残る記念碑的な名作として評価されていますし、松本清張原作の『けものみち』(1982年)は後に映画やテレビドラマとしてリメイクされるほどの傑作です。タモリやさんまと絡んで駄洒落を連発するタレントとして覚えている人も少なくないでしょう。
けれども、なぜ和田勉なのでしょうか。これまでのラインナップからすると、和田勉が異色であることは一目瞭然です。限界芸術のアーティストとはいえ、一部をのぞいてほとんど無名に近い人びとのなかにあって、和田勉の名前はあまりにも大きく、強く、そして濃い。日本を代表するプロの演出家を限界芸術の展覧会で取り上げるのはふさわしくないのではないか。テレビドラマという特性を考えれば、むしろ大衆芸術のアーティストとして位置づけるのが適当なのではないかと訝るのも当然でしょう。
もちろん、鶴見俊輔との接点がないわけではありません。『講座日本映画8 日本映画の展望』というアンソロジーに、鶴見俊輔は「日本映画に出てくる外人」を、和田勉は「いまテレビにわかっていること」を、それぞれ寄稿していますし、和田勉のデビュー作『うどん屋』(1953年)の原作者である秋田実について、鶴見俊輔は『太夫才蔵伝』のなかで詳しく論じています。限界芸術という論点ではないにせよ、鶴見俊輔と和田勉のあいだに関係性を結ぶことはできなくはないわけです。
あるいは、これはあまり知られていないことですが、晩年の和田勉はさかんに絵を描いていましたし、かねてからスクラップブックにありとあらゆるものを貼りつけ、描きつける習慣がありました。鮮やかな色彩と大胆なタッチで描かれた水彩画を絵画の門外漢による限界芸術としてみなすこともできるでしょう。雑誌の切り抜きやレシート、その日に拾ったものや、その日に食べたカップアイスの蓋などをやたらに添付したスクラップブックも、ピーター・ビアードや大竹伸朗に並ぶアート作品として評価することもできるかもしれません。
ただし、わたしが今回和田勉を取り上げる理由は、もっと別のところにあります。それは、端的に言えば、和田勉を限界芸術のアーティストとして見直して再評価するというより、むしろ和田勉をひとつの契機として、私たち自身が限界芸術を実践することに大きな意味を見出しているのです。これまでは「現代アート」の外部の巷にいる限界芸術のアーティストを紹介してきましたが、これからはすぐれた表現活動をきっかけとして、それらを受け入れる私たち自身がどのような身ぶりと言語を生み出すことができるのか、という点に方向転換します。限界芸術がたんに消費するものではなく、みずから生産するものでもある以上、その展覧会が作品を鑑賞するというやり方に終始してよいはずがありません。和田勉の作品を楽しませてもらう私たち自身が、「鑑賞」から一歩先へ踏み込んでこそ、今日の限界芸術の可能性が開花するのではないでしょうか。今回の限界展は、そうした仮説にもとづいた、ある種の実験として考えようとしているわけです。
それにしても、それは展覧会なのでしょうか。ひょっとすると美術の文脈でいうところの「展覧会」とは若干ちがうのかもしれません。むろん、展示はします。水彩画やスクラップブック、あるいは台本やアイデアノート、愛読した書籍など、和田勉が残した数々のモノを、ガラスケース越しに眺めるのではなく、直接手にとって見ることができるような展示です。けれども、それらはあくまでも和田勉を触媒として私たち自身の身ぶりや言葉を誘発するためのアイテムであって、決して美的に鑑賞するためのものではありませんし、故人を偲ぶためだけのものでもありません。展示の中心は、むしろ「テレビを見る」ことです。和田勉演出によるテレビドラマのなかから厳選した珠玉の名作を、会期中の金曜日および土曜日に視聴します。同時に、縁のあるゲストをお招きしたトークを催し、さらにわたしを含めた何人かの書き手が当日に上映する作品についてのレビューをその場で配布します。そうしたいくつかの仕掛けによって、来場者であるみなさんがテレビドラマの感想や批評を自由に交わすことができる、ある種の「サロン」として会場を機能させることを目指します。うまくいくかどうかは、正直やってみなければわかりません。けれども、あくまでも企画者のねらいを事前に示しておくことは、個人的な流儀というより、実験の客観性を担保するための必要条件なので、ここに明記しておきます。
* * *
ここで、和田勉によるテレビドラマを鑑賞する際のオリエンテーションとして、あらかじめひとつのキーワードを挙げておきます。それが、「茶の間」です。21世紀の現在ではもはや懐古的な響きすらありますが、それは20世紀の日本の庶民にとって、文字どおり暮らしの中心にありました。「茶の間」は一家団欒の象徴であり、であればこそ、そこに常設されたテレビで放送されるテレビドラマは老若男女に理解されうる親しみやすいものでなければならなかった。なぜならテレビドラマを見ることで家族の紐帯は再生産されるのであり、場合によっては家族の理想的なモデルをテレビドラマが映し出すことさえあったからです。ところが、じつのところ和田勉こそ、こうした「茶の間」の神話に徹底して抗った演出家でした。「テレビドラマは、わからなくてはいけないのか? わかることがドラマなのか?」と根源的な疑問を突きつけたのです。この点を、『日本の日蝕』についてのテレビドラマ評を具体例として、詳しく見てみましょう。
このドラマで最もいけない点は見る人へのサービス精神がないことである。とくにテレビでは芸術だからといって、これを忘れてはいけない。
テレビドラマが茶の間でみる人びとの目に無理なく入りこむためには、誇張した画面や、大仰なアクションや、象徴的な手法はむしろマイナスの効果しか齎(もた)らさない。暗い映画館のイスに座っていわば孤独でスクリーンと対決する場合には感銘を与えるショットも、周囲で現実の生活がそのまま進行している明るい部屋で見るときには異様、というより空々しく見えるのである。そこで、テレビドラマにとっては、平凡なリアリティこそが最大の武器となる。そしてそれをむりやり越えようとする作品は、きまって失敗に終るのだ★1。
以上の批評にたいして、和田勉は次のように反論します。
成程、「何をいいたいんだかわからん」のではなく、よくわかった方がいいということは自明のことである、しかし、よくわかったということのそこには、私たちの自明性の中だけしかよくわからない、ということがあるのではなかろうか★2。
和田勉にとって、「わかりにくく伝わりにくい」という批判は、ようするに茶の間の日常性を根拠としているだけであり、それを批判的に相対化するヴィジョンを何ら持ち合わせていないという点で、じつに脆弱かつ安直なものでした★3。茶の間の秩序に沿って生まれる感動ではなく、茶の間が拒否するものをあえて茶の間に与える衝撃。こうした日常性批判にはおそらく安部公房などの影響があるのでしょうが、和田勉はテレビドラマの演出にとどまらず、それをとおして日常そのものを変革する志向性を明らかにもっていました。
私がここでいっているのは、従来、茶の間では出せなかった「シーン」を出すことではなく、――これも、こういう現象面だけの問題であってみれば、実際のところ、結局は、一つの裏返しの日常性にすぎないのだ、ということをとくとわきまえておく必要がある――そういうことではなく、従来茶の間では出せなかった「論理」を出すことが重要なのだ、ということ★4。
わかりやすさというプレッシャーに逆らいながら、芸術表現の現象ではなく、その構造や論理を大衆に示すことによって、現実社会の構造や論理の変革を試みること。これをテレビドラマにおける「ヌーヴェルバーグ」と呼んでもよいはずです。いや、映画だけでなく、美術やその他のあらゆる文化領域とのつながりを強調するには、むしろ「アヴァンギャルド」と言うほうがふさわしいのかもしれません。そう、和田勉は紛れもなく戦後のアヴァンギャルドのひとりでした。
じっさい、和田勉は「記録芸術の会」に参加しており、会員である安部公房や野間宏、椎名麟三といった文学者にオリジナルのシナリオを依頼したテレビドラマを何度も演出しています★5。「記録芸術の会」の詳細については未解明であることも多く、今後のさらなる研究が待望されますが、ともあれ和田勉が50年代から60年代にかけて、美術や文学、映画といったジャンルを巻き込んだアヴァンギャルド芸術運動と併走していたことはまちがいありません。「わかりにくく伝わりにくい」という批判が、今も昔も、多くの「現代アート」に該当するクリシェであることは言うまでもないでしょう。和田勉が目指していたのは、あくまでも芸術でした。それを茶の間というきわめて卑俗な日常を舞台にしながら、その可能性を問うていたところに、美術や文学や映画といった並みいるアヴァンギャルドと明確に一線を画す、和田勉ならではの特質があったのです。
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最後に、和田勉は演出家であると同時にすぐれた論客でもありました。座談会やシンポジウムではさかんに発言しましたし、数多くのエッセイも発表しています。先に引用したように、みずからのテレビドラマ作品にたいする批判にたいして律儀に反論しているところに、和田勉の舌鋒の鋭さが如実に現われています。とりわけ傑作なのが、『賊』(1963年)についての新聞テレビ評への猛烈な反論です。
この演出者らしく必要な群衆シーンなどをつみ重ねたのはいいが、これから多分象徴的にクローズアップで処理し、もっぱら画面は暗示的な構成で積み重ねたのはいいが、これが多分にひとりよがりである。たとえばカメラの焦点をぼかしてことさらにばく然とした表現法をねらい、これによって次にくるクローズアップの効果を強調しようとしたあたりがそれだ。技巧に気を使うあまり、劇全体の達意をいちじるしく欠いてしまった。恐らく台本はこれほど不明りょうなものではないはず……(白井隆二)★6。
和田勉は、白井隆二の批評を引用したうえで、これに逐一反論を加えていきます。「どうしてカメラの焦点をぼかすことが漠然とした表現なのか?」「明瞭であればひとりよがりでなくなるのか?」「台本を読んでいないこの人こそひとりよがりではないのか?」「いや、そもそも明瞭ならざるところに私たちの苦悩や可能性が存在するのだから、そういう明瞭さなどは端からほしくない」云々。和田勉による熱弁の行間からは、以前から数年間にわたって「ひとりよがり」という定冠詞とともに批判してきた白井隆二への並々ならぬ苛立ちと、彼に代表されるテレビドラマ批評への大きな失望が滲み出ているかのようです。
おもしろいのは、それだけではありません。その白井隆二当人が、同誌の続号で和田勉に向けて再反論してきたのです。
ぼくがいったひとりよがりとは「カメラの焦点をぼかして漠然とした表現をねらい、これによってつぎにくるクローズ・アップの効果を強調しようとした」彼の技法が、演出者の思考過程のみに必然性をもち、画面には生きていない事実をいうのである★7。
こうした論争でもっとも興味深いのは、言説の応酬によって、それぞれの論陣の論拠、すなわち双方が確固として信ずるテレビドラマ観のようなものが、図らずもありありと露呈されるところです。白井隆二は、「テレビ・ドラマの演出家たちは、批評の不信を語る前に、自らのメトードを反省することが急務ではないか」と諭しているように、和田勉にかぎらずテレビドラマ固有の方法論が未熟であることを嘆いていますが、その根底にはおそらく「茶の間」の神話が隠されているように思われます。つまり、テレビドラマとは「茶の間」の芸術であるから、世代や性別を超えてあらゆる人びとが楽しむことができるものでなければならない。それゆえ、あまりに前衛的な演出技法は好ましくなく、万人が一致して納得できる穏当な方法論の開発を急ぐべきだと。これにたいして、和田勉はみずからが考えるテレビドラマ観を次のように言い表しています。
仮に台本が非常によかったとしても、私は現在のテレビジョンドラマぐらい、さまざまな読み方・見方のできる芸術ジャンルはほかにないと思っているから、そこに統一した人々のイメェジなどというものはなかなか生まれっこないし、またそこが逆にテレビジョンドラマの可能性をはらんだところだと私はいつも考えている(中略)。つまり、もっと根本的にいえば、私はどのような台本に対しても、まず私の考えているテレビジョンのドラマというものにしてみたいのである……。(中略)私に終始与えられているこの「ひとりよがり」という慣用語は、一種私にとっては光栄あることであるかもしれないのだ★8。
白井隆二に比べて「私」という自称を多用しているように、和田勉にとってテレビドラマとは、和田勉による表現以外の何物でもありませんでした。茶の間の先に大衆がいることは事実でしょうが、だからといってテレビドラマそのものを大衆に迎合させなければならない理由はどこにもない。とりわけ、この作品を放送したNHKの「創作劇場」は、ある種の「公然の実験場」であるから、これに「ひとりよがり」だとか「独善的」だとかのレッテルしか貼りつけることができないところに、テレビドラマ批評の貧困がある、と和田勉は力説するのです。
この一連の論争を「前衛と大衆」という図式に要約することができるでしょう。双方はあらゆる芸術で対立関係にありますが、とりわけテレビドラマの場合、「茶の間」という日常性を舞台にしてせめぎあっているところに、そのおもしろさがあります。言ってみれば、和田勉は「茶の間」という闘技場の真ん中で大衆という眼に見えない巨大な存在と闘っていたのでしょう。アヴァンギャルドが死語となって久しく、その「茶の間」すら物理的にも精神的にも見失われているいま、和田勉のテレビドラマをもう一度見直す(あるいは初めて視聴する)ことによって、和田勉が闘いながら作り上げてきた「文化」のありかを改めて探し出すことができるはずです。それは、もしかしたらすでに置き去りにされてしまって見えにくくなっているのかもしれません★9。けれども、鶴見俊輔が挙げた限界芸術の実例が時代遅れに見えるように、限界芸術の本質的なところは、過ぎ去ってしまった、しかしそうであるがゆえに、現在から遡行することのできる根元に隠されているのかもしれない。和田勉のテレビドラマを糸口として、私たちの「退行計画」★10をはじめたいと思います。
福住 廉
- ★1―和田勉「テレビ演出論 解放の論理」『現代テレビ講座3 ディレクター・プロデューサー編』志賀信夫編、ダヴィッド社、1960年、p108
★2―和田前掲書、p110
★3―和田勉にとって先輩にあたる岡本愛彦も「茶の間」の神話には批判的です。「芸術性の高いドラマは視聴者に『正座して見る』ことを強要する権利があると私は考える。『正座して見るドラマ』がより多く出て来ることを私は期待したい」(岡本愛彦「テレビドラマ演出法」『現代テレビ講座3 ディレクター・プロデューサー編』志賀信夫編、ダヴィッド社、1960年、p46)。
★4―和田前掲書、p113
★5―たとえば安部公房は『円盤来たる』(1959年)、野間宏は『石の顔』(1960年)、椎名麟三は『自由への証言』(1960年)などがあります。
★6―和田勉「テレビジョンドラマの運命」『シナリオ』1963年5月号、pp56-59
★7―白井隆二「和田勉氏の批評不信に応える」『シナリオ』1963年7月号、pp120-121
★8―和田勉前掲書
★9―「テレビは、どこにでもころがっている「職業」のひとつであって、もはやそこに「映画」のように“ぼくらが作った文化”を“見る”、ということには、ならなくなってしまったのだろうか? ぼくはその「文化」をこそ、テレビジョンで三十四年間、やってきたつもりなのだけれど」(和田勉「いまテレビにわかっていること」『講座日本映画8 日本映画の展望』今村昌平ほか編、岩波書店、1988年、p299)。
★10―多田道太郎「解説」『鶴見俊輔著作集4芸術』筑摩書房、1975年、p481
◎ 展 示 / 開 廊 時 間 と 視 聴 予 定 テ レ ビ ド ラ マ 作 品
9月16日(金) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜18:30
・開場 18:45〜
『天城越え』(1978年|全1回|90分)視聴開始 19:00〜
▼オープニングトーク:福住廉
9月17日(土) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜15:30
・開場 15:45〜
『日本の日蝕』(1959年|全1回|70分)視聴開始 16:00〜
▼お客さま:ワダエミさん(衣装デザイナー)
9月23日(金) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜12:30
・開場 12:45〜
『ザ・商社』(1980年|全4回|300分)視聴開始 13:00〜
※各回の間に10分程度の休憩があります。
9月24日(土) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜13:30
・開場 13:45〜
『阿修羅のごとく』(1979年|全3回|200分)視聴開始 14:00〜
※各回の間に10分程度の休憩があります。
9月30日(金) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜18:30
・開場 18:45〜
『心中宵庚申』(1984年|全1回|90分)視聴開始 19:00〜
▼お客さま:今野勉さん(演出家)
(当日だけのお楽しみのため、事前告知は控えさせていただきました m(_ _)m
10月1日(土) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜13:30
・開場 13:45〜
『けものみち』(1982年|全3回|197分)視聴開始 14:00〜
※各回の間に10分程度の休憩があります。
▼お客さま:生野毅さん(俳人)
10月7日(金) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜18:30
・開場 18:45〜
『夜明け前』(1987年|全1回|90分)視聴開始 19:00〜
▼お客さま:山下陽光さん(素人の乱)
10月8日(土) 終了しました!ご来場ありがとうございました!
・開廊 12:00〜13:30
・開場 13:45〜
『価格破壊』(1981年|全3回|197分)視聴開始 14:00〜
※各回の間に10分程度の休憩があります。
▼お客さま:ワダエミさん(衣装デザイナー)
◎ お問い合わせは下記、ギャラリーマキ宛にお願いします。
MAIL : gallerymaki▲hotmail.com(←▲を@に置き換えてください)
TEL & FAX : 03-3297-0717
