今福龍太 連続企画「世紀の時間」vol.2
レヴィ=ストロース+今福龍太 「ブラジルから遠く離れて 1935/2000」

連続企画「論証−群島のアート考古学」第3弾として、11月28日(水)より、
レヴィ=ストロース+今福龍太 「ブラジルから遠く離れて 1935/2000」を開催します。
フランス民族学最大の主知主義の巨人による反=旅の哲学の書——クロード・レヴィ=ストロース著『悲しき熱帯』。この民族誌的紀行の孤高の名著には、かつてかれが南米のフィールドで接触したブラジル・インディオの写真群がやや映像資料的な文脈において挿入されていた。しかし刊行からじつに40年の沈黙をへて、それらの写真群は『ブラジルへの郷愁(サウダージ)』というあらたなタイトルを付され、冷淡な写真的リアリズムとは次元を異にする旅人個人の記憶の明滅という文脈のなかに置き換えられて不思議な魅力をわたしたち読者にさし出すことになった。そして、『ブラジルへの郷愁』出版の翌年の1996年には、さらにもう一冊、新たなエネルギーを得て勃興する植民都市の1930年代の街区の日常を活写した写真集『サンパウロへの郷愁』がブラジルにおいて刊行されている。これら二冊の写真集はいずれも、凍結された過去のリアリティではなく、20世紀という「世紀の時間」をまるごと生きたいま現在のレヴィ=ストロースの頭脳のなかにゆらめく時間的・空間的リアリティの相貌をみごとに映し出しているようにも見える。
1955年に刊行されたこのレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』を精神における双子の分身として偶然に引き受けながら生まれ育ち、さまよい、アメリカ大陸の別の汀でおなじ年月を刻みながら、やがて青年時代にこの書物そのものとの決定的な出逢いをはたすことで野生の地での自らの旅の哲学を深化させたもうひとりの人類学者がいた。2000年、レヴィ=ストロースが社会学教授としてサンパウロ大学に赴任してから65年ののち、そして「ブラジル発見」500周年という特別な年に、今福龍太は運命の偶然に導かれるようにしておなじ大学に招聘される。彼はそこで大学院の演習を主宰するかたわら、週末になるとレヴィ=ストロースの『サンパウロへの郷愁』を小脇にかかえて、そこにおさめられたスナップショットが写された場所をひとつひとつ訪ねてはおなじ風景を再撮影するという町歩きにでかけた。ブラジルでしか写真を撮らず、やがて記録手段としてのカメラを棄てたというレヴィ=ストロースが、1935年の聖市サンパウロの街角に残したかすかな時の気配に、ふたたび巡り会うために……。
レヴィ=ストロースの写真と、今福龍太の写真。レヴィ=ストロースのサンパウロと、今福龍太のサンパウロ。風景の記憶でもあり風景の喪失でもあるような、折りたたまれ重ね書きされた光の航跡が、この二者の65年を隔てた邂逅によって描き出された。
時間的にも空間的にも「ブラジルから遠く離れ」て2007年11月、レヴィ=ストロース99歳の誕生日に、隅田川のほとりの小さな一室で時を違えてサンパウロのおなじ場所に立ったこのふたりの悲嘆のまなざしが遭遇する。写真を媒介にした時間の消長へとむけられるそれぞれの深遠な省察が、ギャラリーの薄明に包まれた無時間的なアクチュアリティの位相において並び立つ……。通常の「写真展」を示すようないかなる外見もそこにはなく、ただ二つの(野生と文化の)執務机が少し離れて置かれ、二冊の写真アルバムがその上に用意されているだけだ。机の前にひとり腰かけてこのアルバムを手繰るとき、わたしたち見る者のなかで時間は空間に反転するだろう。そして、1935/2000という時の符丁が、海を隔てて隣り合う「島」と「島」のように、群島を渡る風にのせておたがいのサウダージの感情──来るべき未来への憧憬と失われた過去への悲嘆が綯いまぜになったブラジルに特有の時間感覚のありよう——を対岸の汀に送りあう。その感情の交響は秘められた物語を変奏しあうかもしれない。ふたりの旅する人類学者の写真にみずからの手をかさねあわせ、指先で時の島から時の島へと渡るとき、はたしてわたしたちの頭脳のなかの暗室に、いったいどのような意識の光景がほのかに現象することになるのだろうか? そしてそこからどのような「沈黙の教訓」が、わたしたちの記憶に伝達されることになるのだろうか?
「レヴィ=ストロースの写真には、一人の西欧人の、写真装置というものを所有している側の視線というものと「時間」というものとの、非常に複雑な政治学が孕まれています。レヴィ=ストロースはその政治学から離脱しようと、写真機を棄てた。私は65年後にサンパウロにやって来て、路上に落ちていたその同じ写真機を拾い上げ、65年という長い長い露光時間に反応できるようにゆっくりと、なにも入っていないかもしれない時間の暗箱のシャッターを、指先で瞬きするように、ただひたすら切り続けてみたというわけです……」(今福龍太)
▽ 期間:11月 28日(水)〜12月15日(土)
開館:12時〜19時
休館:月曜・日曜・祝祭日
展示形態:インスタレーション、写真
▽ オープニング・パーティ
〜 レヴィ=ストロースの99年と世紀の時間 〜
日時:2007年11月28日(水)17:30 − 19:30
出席:今福龍太・淺野卓夫・大浦信行
▽ トークイベント
〜〈悲しき熱帯〉の半世紀 〜
日時:2007年12月15日(土)15:00 − 17:00
出席:川田順造(文化人類学者)・山口昌男(文化人類学者)・今福龍太
※工事中